地熱発電と地域の共生 ~技術統括執行役員 荒木さんへインタビュー~

日本で初めてフラッシュ方式の地熱発電所ができたのは1996年に商用運転を開始した松川地熱発電所(設備容量:23,500kW)。その後大分県の大岳地熱発電所(設備容量:14,500kW)、大沼地熱発電所(設備容量:10,000kW )と続き、国策として大手電力会社による大規模な発電所が一般的となりました。
そんな中、国内で約16年ぶりとなるフラッシュ発電所として開発されたのがわいた第1地熱発電所です。設備容量が1,995kWと従来と比べて小規模な発電所として商用運転を開始し、2015年7月の運開から今日(2025年3月)で約10年を迎えようとしています。

安定稼働には、地域と共生した発電事業であることに加え、専門技術者による継続的管理が不可欠です。今回は地熱発電所の技術的なお仕事って何?そもそも地熱ってどうやってわかるの?などなど、謎多き地熱発電所運営実態について技術統括の執行役員の荒木さんにお話を伺いました。

執行役員 エンジニアリング本部長 技術士(応用理学部門)
荒木 吉章
大阪市立大学大学院 理学研究科 生物地球学専攻。三井エネルギー資源開発株式会社、Chevron Vietnam Exploration team 、地球科学総合研究所等の経験を有する。
地熱発電所の運営における技術者の役割や仕事について教えて下さい。
発電所の運営について技術的な側面からわいた地区の状況まで、幅広くお話を伺いました。
荒木:一般的に、発電所における技術者の役割は大きく2つあります。
ひとつは、運転業務を管理する役割ですね。これは主に発電所が安定的に電力を作っていく為の日々のメンテナンスについて管理する役割です。
もう一つは発電所建設に関わる設備全般について発注側として仕様を考える設計や開発・建設を監督する役割です。発電所の建設ではEPC契約(E=設計(Engineering)、P=調達(Procurement)、C=建設(Construction)を結んで、契約企業と協議しながら建設を進めることが山のように多いんですけど、そういった発電所等の建設における関係者との協議を行うポジションになります。

ふるさと熱電の場合は、現在技術部は14名 いますが、先ほど言った役割が綺麗に区分けされていないのが現状です。
1MW以上の第一発電所のようなフラッシュ式の地熱発電所は、全国に21箇所程で、火力発電所や水力発電所などの他の再エネと比較すると圧倒的に少ないですし、手掛けているのは1カ所除いて、大手の電力会社や資源開発会社だけなんですよ。
だから日本全体でみても地熱発電所の運営経験を持つ人材も少なければ、発電所に係る設備全般の仕様を考える役割を持つ経験者はもっと少ない。そのため、ふるさと熱電の技術部社員には仕事を綺麗に二分せず、保守から開発まで幅広い業務を行ってもらっています。

将来的には二分する方向でいますが、正直今は、事業の拡大期で限られた人員で難しいのが現実です。
また当社技術部スタッフの入社理由として、「発電所を作りたい」「これまでの経験、知識を活かし、施主としてプラント設計に携わりたい」といった声も多く、発電所の開発・建設は10年がかりで、発電所の立ち上げの経験って実はなかなか出来ないものなので、そういう意味では全員が貴重な経験ができる職場だと思っています。
そもそも地熱ってどうやって探すのでしょうか。わいた地区での実情を教えて下さい。
地熱発電は地熱貯留層から高温・高圧の蒸気を取り出し発電を行いますが、地上から地熱貯留層の位置や大きさを詳細に把握することは困難です。わいた地区での地熱資源開発について伺いました。
荒木:地熱発電の探査では、既往文献に基づき地下の断層の構造や地質の推定を行う「文献調査」と、地表に流出している蒸気やガス、温泉成分などを分析する「地化学調査」、そして地表や空中から地下状況を推定、構造を測定する「物理探査」があります。これらの地質調査を駆使しても、一般的な開発初期段階における地熱開発の掘削成功率は3割程。調査には莫大な費用がかかり、一方でどの調査でも確実な掘削の成功に結び付かないというのが地熱開発の大きなリスクの1つです。
そうした中、わいた地区の掘削成功率は約7割です。なんとも驚異的な数値ですよね(笑)

この成功率の高さにはいくつかの要因が考えられます。
まず第一にわいた地区が1980年~開始された地熱開発促進調査の対象地であり、当時の調査データが蓄積されていることです。それに加え、住民主導であることで、わいた地区の温泉井データが把握しやすく、掘削に必要な情報が得られることが挙げられます。わいた地区の場合、温泉井の深さは2~300m程で、地熱発電で使用する地熱貯留層の深さは1000m程です。キャップロックにより双方の地熱貯留槽は異なる層でありますが、温泉井の情報は掘削地選定において非常に重要な情報で、さらには温泉街に影響を及ぼさない為の開発に必要不可欠なものです。
さらに、失敗した井戸などのデータ化されていない掘削情報を住民から教えていただけることも非常に大きな要因です。地質や地上の情報は、住民の皆さんが一番ご存知ですからね。

こうした情報共有をさせていただけるのは、やはり住民が主体となった、地域共生型地熱発電モデル、”わいたモデル”であるが故であり、住民の方と日常的に話せる場と信頼関係によって実現できることなんだと思います。
さらに、掘削地の選定においても住民の理解が得られるので、最適と思える土地での掘削が可能なことも大きな要因です。企業主導の開発だと土地を買い上げて進めるため、このような信頼関係に基づく情報共有や協力を得ることは難しいと思います。このような背景からわいたモデルは技術的にも合理的なアプローチといえます。
また、地熱開発においては様々な行政手続きが必要ですが、これらに対しても住民と一緒に事業を進めていることで、企業都合ではなく、地域の実情に即した対応としてご判断いただける為、関係者のご理解とご協力も得やすくなっています。
掘削中は私も身が引き締まる思いですが、皆さんのおかげでなんとか安全に、そして高い成功確率を維持して開発が出来ていると感じています。

他地域での開発についてはどのように進めているのでしょうか?
北海道弟子屈町のお話について詳細を伺いました。
荒木:弟子屈町の場合は、現在掘削調査を進めている地点は国有地で保安林の問題もあるため、民間企業による開発は難しい地域です。一方で弟子屈町では温泉観光の陰り、地元企業の衰退、人口減少や高齢化といった問題を抱えており、町としても課題解決方法を模索していました。

そうした背景から弊社も協力しながら、そして「わいたモデル」を参考にして頂きながら、地域と共生する形での地熱開発の可能性が検討されるようになりました。その結果、弟子屈町が中心となって掘削に係る各種申請を行い、地域創生の取り組みとしては「地熱推進公社」を設立するというモデルができ、地熱開発を積極的に推進している自治体として知られるようになっています。

近年、有り難いことにわいた地区には、地域共生型地熱発電の事例視察に、経済産業省、環境省、財務省を始め、地方自治体など多くの業界に関心がある方にご来訪いただいています。昨今「第7次エネルギー基本計画」が閣議決定されましたが、地熱発電の章で、今後の課題と対応として「地熱開発加速化パッケージ」というあらたな方針が打ち出されましたね。弟子屈町の取り組みはまさにこの方針のモデルとなったといわれていますし、我々は核心をまっすぐに進んでいますので、「地域が主体」となった地熱開発は今後もますます広がっていくんだと思います。またその為にふるさと熱電として期待されていることも大きいと感じています。

荒木さんから見る地域共生型地熱発電「わいたモデル」の魅力
私は石油開発会社や、洋上風力発電会社を経てふるさと熱電に入社しました。
石油開発では環境負荷と資源ナショナリズムから開発余地がなくなって来ていると感じていたため、再生可能エネルギーである「洋上風力」の会社に転職しましたが、そこで高齢化に伴う地方の過疎化、疲弊を目の当たりにし、補助金を与えるだけの企業主体の事業では、根本的な地域活性化に繋がらないのでは、と感じてしまったんです。そんな時にふるさと熱電に出会い、「地方創生」と「再エネ」が結びつく唯一無二のわいたモデルを全国で実現したいと思い入社しました。

わいたモデルは住民が主体的に関わるモデルですが、当社も企業ですので奉仕活動ではなく、Win-Winな関係を目指しています。新規開発はもちろん保守メンテナンスにおいても、住民と関係性を築くことで得られる気づきや情報は非常に貴重ですので、技術的な分野においても、わいたモデルによってリスク低減につながり、事業の継続性も見通しやすくなると感じています。
ふるさと熱電技術部が目指すものとは?
地熱業界は小さい業界で人材も少ないので、是非社員の皆には、地熱開発における専門の技術者になることを目指してほしいと思っています。また地域との関係性を大切にし、住民への説明経験を積み重ねること、発電事業という時間軸が長いプロジェクトに携わることをみんなで行っていきたいと考えています。

住民と一体となった地熱開発は前例が少なく、課題も多いですが、わいた地区では二基目となる発電所、「わいた第2地熱発電所」が2026年3月に運転開始予定です。このプロジェクトが無事に実現することで、得られる経験や外からの信頼は大きな財産になると思います。引き続き、住民の皆様と信頼関係を築きながら、突き進んでいきます!
国内の地熱発電所の殆どは、大手電力会社が手掛けており、わいた地熱発電所は唯一の住民主導の地熱発電所です。SDGsや再生可能エネルギーが注目される中、住民と民間企業が協力しながら地域資源を活用し、地域活性化をめざすわいたモデルの取り組みは、全国的にも関心が集まっています。
ふるさと熱電の技術部スタッフは異業種からの転職が大半です。多彩な経験を持つスタッフが集まり、わいた地区を起点に地域共生型地熱発電を全国に普及していくことを目指しています。