日本初!住民全30戸が出資し、地域のために立ち上げた発電所―わいた温泉郷(熊本県阿蘇郡小国町)―
国内ではまだ珍しい、住民主体で地熱発電に取り組み、売電収益を地域課題解決のために活用している熊本県のわいた地熱発電所。地熱事業によって集落はどのように変わったのか──。
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地域住民が始めた地熱発電事業
地域住民が主体的に地熱発電を進めるという意味で、最も先進的なモデルが熊本県小国町の「わいた地熱発電所」だろう。わいた温泉郷・岳の湯地区に暮らす全30世帯が役員となり、2011(平成23)年に合同会社わいた会を設立。住民が主体となり、地熱発電事業を行っている。技術面や資金面などをふるさと熱電株式会社と連携し、両者一体となって開発を進めている。
小国町は熊本県の最北東に位置し、なかでもわいた温泉郷は涌蓋山のふもと、大分県との県境にあたる。現地を訪れると、地面のあちこちからもくもくと白い蒸気が上がっていて、ひと目で地熱の豊富な地域であるとわかる。
昔から地元では生活の中で蒸気を活用してきた。例えば各家には「乾燥小屋」と呼ばれる納屋ほどの大きさの建物があり、中は蒸気の流れるパイプが通っていて冬でも常に暖かい。野菜を乾燥させ、洗濯物を乾かすなど、いまも日常的に利用されている。その脇には蒸気釜も設置されており、蒸し料理や炊飯などに活用される。
温泉旅館も集落内に5~6軒あるが、山深い立地ゆえ、周囲の黒川温泉や杖立温泉に比べると観光地として大きくは発展しなかった。豊かに自噴する蒸気を暮らしで活用しながらも、産業としては十分に活用できないまま、地区では高齢化が進み、若い人たちが減る一方の状況に陥っていた。町の衰退を避けるために、これしかないと住民が始めたのが、地熱発電事業である。
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一時は村を二分する事態に
じつは岳の湯地区では、1990年代にも地熱発電の話が持ち上がったことがある。当時は70年代のオイルショックを経て国が後押しし、大手デベロッパーによる地熱開発の調査が各地で進められた時期でもある。岳の湯地区の共有地も、その一つの候補地だ。
ところが蒸気への影響や温泉の枯渇を懸念した住民から「温泉に影響が出たら取り返しがつかない」といった不安の声が上がった。住民の意見は推進派と慎重派に分かれ、議論がまとまらぬまま計画は頓挫。その結果、住民が共同で行っていた土地や用水路の管理、700年にわたる伝統的な祭り「岳の湯盆踊り」も途絶えてしまう事態にまで至った。
全員が同意しなければ村の共有地は売買できない。2002(平成14)年、大手デベロッパーはついに計画を断念したのだった。
それから約10年後。住民の高齢化が進み、地域の活力が失われていく中で再び地熱を活用しようという機運が高まる。もとの推進派26世帯で2011年に「合同会社わいた会」を設立。開発を進めるにあたって手を組む相手として複数の事業者が候補に挙がったが、「住民が主体となって事業を進める」という方針を提示したのは、ふるさと熱電だけだった。結果、ふるさと熱電が発電所の建設・運営に関わる業務全般を担い、発電事業を進めることになる。
調査や掘削工事を繰り返し、2015(平成27)年5月、ついにわいた地熱発電所は商用運転を開始。慎重派の4世帯もわいた会に加わり、再び村が一丸となって、全30世帯でわいた地熱発電所が運営されることになった。
現在のわいた地熱発電所の年間発電量は、約1400万kWh。これは小国町約3100世帯分の電気使用量を上回る規模にあたる(1世帯3600kWh/年として)。
地熱発電事業で得た収益を地域活性へ
わいた発電所が立ち上がったことは地域としては大きな変化だ。
わいた会に入った売上は、地区の整備や地域活性のための資金として使用されており、用途は毎月一度行われる全役員の集う全体会で決まる。
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野菜を乾燥させたり洗濯物を乾かしたりするなど日常的に使われている。
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これまで売電で得た収入は、いったいどんなことに活用されてきたのだろう。大きく分けると二つ、住民の生活面における改善、そして新しい産業などを起こすための施策がある。
生活面の変化は、現地を訪れると顕著だった。なかでも「岳の湯大地獄」という公園は、かつてはぶくぶくと気泡の湧き出る湿地で足場が悪い土地であったが、地区のシンボルとしてみなが集う憩いの場となっている。そこから50メートルほど下った先には、料理にも活用できるバルブの付いた蒸気窯が大中小2口ずつ整備されていた。
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また産業面でいうと、地区の公民館の厨房を加工場として整備し、新たに惣菜製造業および飲食店営業の許可を取得。厨房の中を覗くと、椎茸を煮るいい香りが漂う中、女性3人が調理に勤しんでいた。加工場脇の蒸気釜で炊いていたのは、この地区の郷土料理である「山菜おこわ」。椎茸やわらびなど山の産物がたっぷり入った炊き込みご飯で、竹の皮に包んで販売する。日帰り温泉などで販売しており、多い時には、ひと月600個ほどを製造するそうだ。小規模ではあるが地区の女性の働く場所を生み出している。
「地熱発電が始まってから集落で変わったことはありますか?」と聞いてみると、一人の女性はこう話した。「やっぱり発電所ができたことで、集落全体が前を向くことができるようになりました。気持ちにも余裕が出ますからね。お年寄りも引きこもらずに出てくるようになって、地域が明るくなった感じがしますよ」地熱発電の際に発生したお湯を活用した温室ハウスで、新たに農業事業も始まっている。地元住民2人を雇用し、バジルやミントを栽培。ハウス室内の温度が15℃を下回ると管に熱水が流れ、熱を放出することでハウス内が暖められるしくみになっている。取材時は冬だったが、バジルやミントが青々と育っていた。
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室内は常に15℃に保たれており、バジルやミントを栽培。
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地域住民が地熱発電に取り組む時代へ
わいた地熱発電所の特徴を述べるなら、3点ほどあるだろう。一つには発電規模が八丁原発電所などに比べると小さめ、温泉バイナリー発電などに比べると大きい、中規模の発電所であること。この規模だからこそ、生産井を何本も掘る必要はなく、地域への影響を最小限に抑えながら、ある程度の電気量を得ることができる。
二つ目のポイントは、住民主体の事業であるため、地元の協力態勢が十分に得られること。熱源に関する知見は、もともと住民が持っており、これまでのわいた地熱発電所の掘削の成功率はなんと7~8割。平均的な掘削成功率8~10%未満(国の報告書による)に比べるとずいぶん高い。
三つ目は、売電で得た収入を地域のために活用している点。通常は、発電事業者が土地を買い上げた後、収益は100%持っていってしまうため、地域に継続的な恩恵はない。だが、岳の湯地区の場合は、地域住民の土地などの財産を守り、有効活用するという考え方で、毎年得た収益から地区整備や産業創出など、地域の課題解決のために投資がなされている。さらに小国町も「地熱協議会」を設立し、有事の際に対応できるお金として寄付金を集めているという。
ふるさと熱電の赤石和幸さんはこう話す。
「長年ここで暮らしてきた人たちにとって、土地や温泉はお金に代えられない大事なものです。まずはそのことを事業者側が認識することが大事です。これまではお金で土地を買い求めようとしてきた結果、地域住民や温泉事業者との間に対立関係が生じることが多く、日本の地熱開発は後れをとってきました。地域の熱源がどこにあるかは、じつは温泉を長年守ってきた地元の方々が一番よく知っています。地域の方々と企業が手を取りながら一緒にやっていくモデルが、全国に地熱発電を広げるうえでも、温泉地域にとってもいい結果を生むと考えています。北海道など複数のエリアでも、温泉地域の方々が地熱発電を計画しています。コロナ禍を経験し、観光以外の収益源を地域で確保することは重要。こういった取り組みを、全国3000か所ある温泉地域の方々にも知ってほしいです」
住民が自分ごととして事業に関わるため、仮にトラブルが起きても否定的になるのではなく前向きに知恵を出し合って解決しようとする。熊本地震が起きた際にも、発電所に一番先に駆けつけたのは、地元の人だったそうだ。
「地熱」をテーマに広がる関係人口
地熱をキーワードに、地域を訪れる関係人口も広がりを見せている。
2022(令和4)年には「地熱」をテーマにしたコーヒーショップ「地熱珈琲」もオープンした。オーナーの山本美奈子さんは、福岡から小国町へ移住し、過去には地域おこし協力隊として観光事業に関わってきた人。地熱を生かした地域おこしができたらと考えた。
「地域にあるものを生かして価値化するというのが、私のテーマなんです。小国にある資源を生かすとしたら、やはり地熱だなと。金額は小さくても珈琲って人を呼ぶ力があるんですよ」
その言葉どおり、SNSなどで店を知ったお客さんが引きも切らず訪れる。いまではすっかり人気の店だ。
珈琲豆を地熱の蒸気で洗い、蒸して焙煎する。雑味や汚れが落ちるため、すっきりとした飲み心地の珈琲になる。この店を通して蒸気のポテンシャルを知った、天草の「木糸」(木材の繊維を原料とする糸)の製造会社が、岳の湯地区に新たに工房を設け、進出してきていた。地熱をきっかけに、いわゆる関係人口が増え、多方面に事業の可能性が広がっている。
岳の湯地区では、新たにいま第二発電所の建設を進めている。こちらは、わいた会とふるさと熱電だけでなく、関心を持った不動産デベロッパーやエネルギー会社、製造業などのパートナー企業から出資を募り、地域の産業を新たに飛躍させるための施策も検討していくという。
地熱発電所を地元住民が始めたことにより、地熱を生かした展開は、地域の未来とも重なり、今後もますます広がりそうだ。
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出所:「地熱革命が始まる」(プレジデント社)