「ふるさと熱電株式会社」は熊本県小国町で地熱発電を手掛けている。創業10周年を記念した企画第2弾は、前代表取締役会長 井熊均と取締役 赤石和幸の2名による対談。
取締役赤石へ今だから話せる、この10年間の様々な苦難とそれを乗り越えたエピソードについて語った。
赤石 和幸
ふるさと熱電株式会社 取締役
1976年生まれ、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学終了、日本総合研究所創発戦略センターで環境分野でのPFI(Private Finance Initiative)や中国政府が進める天津エコシティー開発などに携わる。その後、中央電力株式会社にて、わいた発電所を立ち上げ、現在はふるさと熱電株式会社取締役として会社運営に携わる。
井熊 均
ふるさと熱電株式会社 前代表取締役会長(2023年5月退任)
1983年早稲田大学大学院理工学研究科修了後、同年三菱重工業株式会社入社。1990年に株式会社日本総合研究所入社、産業創発センター所長を経て、2006年より同社執行役員、2014年より同社常務執行役員、2017年同社専務執行役員、2021年同社フェロー。2020年株式会社DONKEY取締役、2021年J-NEXUS北陸RDX総括エリアコーディネータ、北陸先端科学技術大学院大学経営協議会委員、2021年株式会社フォワード取締役会長、2022年ふるさと熱電株式会社代表取締役会長。早稲田大学大学院非常勤講師、内閣府官民競争入札等監理委員会副委員長、中国国家発展委員会顧問、 委員なども経験。専門分野は事業の計画・提携・運営、産業政策、ベンチャービジネス、環境産業、公共政策、地域経営、中国・アジア市場など。著作数は70冊以上。代表的な著書に『PFI公共投資の新手法』、『電力取引ビジネス』、『IoTが拓く次世代農業 アグリカルチャー4.0の時代』、『私はこうして社内起業家/イントラプレナーになった』、『なぜ、トヨタは700万円で「ミライ」を売ることができたか?』『ゼロカーボノミクス』などがある。
包み隠さずさらけ出すことで築けた、地域との信頼関係
赤石:実は、井熊さんは私が新卒で日本総研に入社した会社の直属の上司だったのです。普段から定期的に会ってはいるのですが、インタビューとなると緊張しますね(笑)。
井熊:一緒に働いていたときは2人でよく海外出張に行っていたので、上司と部下というよりもう少しフランクな関係ですよ。
赤石:こうしてまた井熊さんと一緒に仕事ができるのは、とても嬉しいです。
井熊:話が逸れましたが、ふるさと熱電株式会社を設立してから10年経ちました。これまでさまざまな困難があったと思いますが、苦労したことや大変だったことはありますか。
赤石:一番大変だったのは、地域の方々とどう信頼関係を築いていくかということだと思います。自分たちは敵ではなく、一緒に地域を盛り上げたい仲間なんだと思ってもらうことが大切だと思っていたので、本社を東京から熊本県小国町に移転し、地域の一員になろうと覚悟を決めました。
井熊:当時、住民の方々からは具体的にどういった意見が挙がっていたんですか?
赤石:わいた地区は、700年以上の歴史を持つ温泉地域です。よそ者が、先祖代々守ってきた地熱資源を奪いに来たと思われたのだと思います。これは当然のことだと思います。そのため、まずは我々のことを理解してもらう必要があったんです。その中で、我々が何をしたいか以前に、自分たちを理解して貰う努力をしたように思えます。わいた発電所稼働後も、熊本地震や豪雨災害なども経験しました。その時々での我々の姿勢そのものを見て貰うことでしか、信頼いただくことは難しいと思っています。
わいた地熱発電所1号機が完成するまで足掛け5年
井熊:自然災害などの難局を一緒に乗り切った同志のような存在ということですよね。
赤石:そう思っていただけていると嬉しいです。自分たちも地熱開発の経験者が居ないなかでの発電所立ち上げや運営を手探りで行ってきました。ここではあまりお話できないようなこともすべてさらけ出しました(笑)。ただ、包み隠さず話すことで、地域の方々から「一緒に頑張る仲間なんだ」と思ってもらえたり信頼関係を築くきっかけになったりするのかなと。社員一人ひとりの誠実な対応や取り組みを評価していただけたのかなと思います。
2011年には、小国町わいた地区に暮らす皆さんからの出資による合同会社「合同会社わいた会」を設立しました。その後、発電所建設に向けた発電プロジェクトが本格的にスタートし、現在は住民の方々が主体となって地熱発電事業に取り組んでいます。
例えば、グリーンハウスでは、地熱を利用してパクチーやチャービル、ローズマリーといったさまざまな野菜の栽培にも力を入れているんです。わいた地区は標高700mという高地にあるにもかかわらず、年間通して野菜を楽しめるようになりました。
地元の中学生がわいた地熱発電所へ見学へ訪れた
井熊:素晴らしい。「これまでの発電事業者とは違う」「自分たちの仲間だ」って思ってもらえたってことですよね。わいた地熱発電所1号機の運用が始まったのが2015年6月でしたよね。
赤石:わいた発電所ができるまで3、4年でしたが、発電開始した時は、嬉しさよりも安心感の方が大きかったです。色々なトラブルが続いていて、心が折れそうになる瞬間が何度もありました。シーンとした静かな状況で、音を立てながら地面から蒸気が噴き上がる瞬間はやっぱり感動しましたね。
700年続く盆踊りが復活
赤石:わいた地区の皆さんが自分ごととしてわいた発電所にかかわることになり、「岳の湯盆おどり」も復活しました。岳の湯盆おどりは、毎年初盆の時期に開催される700年以上前から続くわいた地区の伝統的なお祭りです。かつて、同地区で大規模な地熱開発が検討された際、推進派と慎重派で意見が分かれてしまい、自然と岳の湯盆おどりもやらなくなってしまったんです。わいた地区小国町の方々が大切にしている行事のひとつであるからこそ、どうにか復活させたいと思っていました。わいた地区の方々「岳の湯盆おどりが復活して良かった。来年も開催させたい」と言っていただけるのは、本当に嬉しいですね。
井熊:想像を絶するような大変なこともあったと思いますが、やめたいとは思わなかったんですか。
赤石:やめたいと思ったことはないですが、諦めかけたことは何度もありました。それでも頑張ってこれたのは、やっぱりわいた地区や小国町の方々、地熱業界の関係者方々、株主の皆様など多方面の方々からの支えがあったからだと思います。地熱発電を通じて地域を元気にする、温泉地域ともともに発展するわいた発電所のような事例を全国に広げていきたいですね。
全国の温泉地域の方々と共生しうる発電事業を目指す
井熊:赤石さんの強い想いや熱量が小国町の方々を動かしているんだと思います。そういう意味でも、ふるさと熱電の強みは理論から入っていないところだと思うんですよね。「どうやって効率的な発電所を作るか?」ではなく、地域住民と一緒に作り上げていこうという視点や発想が非常に大切だと思います。
赤石:井熊さんがおっしゃる通りで、我々が一番大切にしていることは現場力と地域と寄り添う気持ちです。地熱開発を成立させるためには多岐にわたる実務があります。この全てが地域の方々と密接にかかわっていると思います。地域の方々の気持ちを理解しつつ、お互い様という気持ちを持ちつつ事業運営が必要だと思います。一方で、ベンチャー企業であるので、技術力や資本力などは全然足りないと思うので、志を同じくできる企業の方々などと連携を強めていきたいです。
井熊:文化や景観などを守りつつ、地域を壊さないイノベーションが必要ですよね。温泉地域は全国に3000か所あると言われるので、そのうちの何か所かでもわいた地区のコンセプトをもとにした地域と共生しうる地熱発電を展開していきたいと思います。
地域に合わせたアプローチのなかでどう効率化させていくかを考えていくのが、これからの課題ですね。
赤石:そもそも地下資源というのは、その地域に住む人々の「地元の資源」だと思っています。私の好きな言葉に「八方好し」があります。地域と共生しうる地熱発電を通じて、地域の方々とともに地域を活性化させていきたいと思います。コロナ禍で温泉地域も観光業への影響が少なくありません。”地球の熱を地域の熱”に変えていきます。
※この対談は2022年9月に実施されたものです